すなわち、従来「エスキモー」と呼ばれてきた人びとを「イヌイット」に統一すると、約25000人の「ユイット」などが除外されてしまうという新たな差別が生じてしまうのである(Tabbert 1991:276-277)。そのような状況のもとで、アラスカでは現在、「イヌイット」が総称として使われず、「エスキモー」が「エスキモー」自身も認める公式の呼称である(Fienup-Riordan 1990:5Seguin 1991:23、『The Musk-ox1987)。学術書や「エスキモー」が自ら書いたり編集したりする1990年代の欧文の書物でもそれぞれの地域集団の自称を冠して、「イヌピアット・エスキモー」、「ユイット・エスキモー」、「ユッピート・エスキモー」、「スフピアット・エスキモー」などが使われている。

 

  4.民族と民族呼称

 以上でみてきたように、「エスキモー」はそもそも差別語ではないし、従来「エスキモー」と呼び習わされてきた人びとすべてを「イヌイット」に改称することは不都合である。では、どう呼べばよいだろうか。「エスキモー」と呼ばれることに不快感をいだくカナダの場合、「イヌイット」と呼ぶべきだろう。カナダでは方言の差はあるものの、互いに意味が通じ合うことばを話し、現在の国家体制において共通したアイデンティティをもつようになっているので、「イヌイット」に統一することに問題はない。グリーンランドはカナダと同様にイヌイットしか住んでいないが、彼らは「エスキモー」といわれることを嫌っておらず、英語やデンマーク語では「エスキモー」という呼称が一般的に使われている。

 

 アラスカでは、互いにことばが通じない2つ以上の言語集団があるので、「イヌイット」という呼称に統一できないので、現地で正式に使われている「エスキモー」と呼ぶべきだ。グリーンランドからチュクチ半島まで分布する「エスキモー」をそう呼ぶことが問題だとすれば、2つの語系に含まれる集団を網羅する「イヌイット・ユイット(民族)」とすることも一案である(スチュアート1989:1221991a:25-271991b:204-206)が、当事者の意志を尊重して現実的に「アラスカ・エスキモー」と「カナダ・イヌイット」とすべきだろう。

 

  5.文部省の検定

 ところで、文部省の「エスキモー」を「イヌイット」に改めようとする根拠は何だっただろうか。文部省に問い合せたところ、日本では「エスキモー」が一般的に差別用語とされ、「イヌイット」がマスコミや学術書で使われるようになっている社会風潮にしたがったまでのことだという回答だった。「エスキモー」という呼称を廃止すべきとする申し入れもなく、専門家に諮ったこともないそうだ。つまり、当世の差別用語とみなされることばに対する魔女狩り風潮、マスコミの生かじり知識、そして何よりも民族学者の認識不足と啓蒙活動に関する努力不足が今回の文部省の改正を容易にしてしまったのである。

 

 民族呼称を改訂するにあたっては、それぞれの民族の実態に即した正確な情報をもとに慎重に対処しなければならない。差別を是正するつもりのところで、さらなる差別を起こしてしまうことを厳につつしむべきであろう。